秋スタートの「るろうに剣心」北海道編の新キャラ?斎藤一の新撰組仲間、永倉新八登場か? [注目作品]
当初、春予定だった「るろうに剣心」の北海道編がいよいよ秋からジャンプスクエアでスタートするという。まとめサイトを読んでいたら、永倉新八の登場を予測している人がいてなるほどなと思った。
永倉新八、新撰組の二番隊隊長である。
沖田総司や斎藤一よりも強かったと証言する者もいたそうだ。新撰組が没落してく中で相楽左之助のモデルである原田左之助と共に新撰組を脱退。幕末の混乱を生き抜いた。ちなみに三谷幸喜の大河ドラマ「新選組!」では山口智充が演じていた。「るろうに剣心」では7巻で初登場。この時は顔の細部まではわからない。のちに追憶編でそれらしき人物が登場している。
(おそらく左から永倉、土方、近藤)
(晩年、新撰組時代の回想録が新聞に掲載。文庫で読める)
ウィキによると明治6年に杉村治備と改名し北海道へ。明治15年から刑務所の剣術師範をしていたそうだ。ちなみに紀尾井坂の変が明治11年である。刑務所といえば悠久山安慈。だとすれば燃える展開だ。斎藤一とのWライダー的なタッグを期待したい。
斎藤一といえば、最近知ったエピソードがすごい。
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明治の末に神道無念流有信館の山本忠次郎が木に吊るした空き缶を竹刀で突く練習をしていたところ、斎藤と思われる老人が通りかかり、忠次郎の竹刀で缶を突いてみせた。老人は一瞬のうちに突き、缶は揺れることなく貫通したとされる。老人は「突き技は突く動作よりも引く動作、構えを素早く元になおす動作の方が大切」、「突きは初太刀でうまくいくことは少ない。私が成功したのはほとんど三の突きでした」などと語ったという。忠次郎はその後も何度かその老人と出会ったが、詮索できず挨拶を交わすにとどまった。有信館は本郷真砂町にあり、当時斎藤も本郷真砂町に住んでいたことが判明している。(ウィキより)
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この話は剣道漫画の傑作「六三四の剣」でも紹介されているという。
(画像は拾い物)
永倉新八、新撰組の二番隊隊長である。
沖田総司や斎藤一よりも強かったと証言する者もいたそうだ。新撰組が没落してく中で相楽左之助のモデルである原田左之助と共に新撰組を脱退。幕末の混乱を生き抜いた。ちなみに三谷幸喜の大河ドラマ「新選組!」では山口智充が演じていた。「るろうに剣心」では7巻で初登場。この時は顔の細部まではわからない。のちに追憶編でそれらしき人物が登場している。
(おそらく左から永倉、土方、近藤)
(晩年、新撰組時代の回想録が新聞に掲載。文庫で読める)
ウィキによると明治6年に杉村治備と改名し北海道へ。明治15年から刑務所の剣術師範をしていたそうだ。ちなみに紀尾井坂の変が明治11年である。刑務所といえば悠久山安慈。だとすれば燃える展開だ。斎藤一とのWライダー的なタッグを期待したい。
斎藤一といえば、最近知ったエピソードがすごい。
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明治の末に神道無念流有信館の山本忠次郎が木に吊るした空き缶を竹刀で突く練習をしていたところ、斎藤と思われる老人が通りかかり、忠次郎の竹刀で缶を突いてみせた。老人は一瞬のうちに突き、缶は揺れることなく貫通したとされる。老人は「突き技は突く動作よりも引く動作、構えを素早く元になおす動作の方が大切」、「突きは初太刀でうまくいくことは少ない。私が成功したのはほとんど三の突きでした」などと語ったという。忠次郎はその後も何度かその老人と出会ったが、詮索できず挨拶を交わすにとどまった。有信館は本郷真砂町にあり、当時斎藤も本郷真砂町に住んでいたことが判明している。(ウィキより)
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この話は剣道漫画の傑作「六三四の剣」でも紹介されているという。
(画像は拾い物)
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