剣を振ったらビーム!この漫画表現の起源は何か?石垣環の「ウィザードリィ」はどうだ? [心に残る1コマ]
刃牙の武蔵編の決着、大変残念な結末だった。
グダグダになった最強死刑囚編もそうだが、結局主人公が素手側の人である以上、素手が最強という無理のある結末にならざるを得ない。素手の人間はいかにして武器攻撃を食らわず、武器を取り上げて勝つかという展開にするべきで、武蔵自ら刀を捨てさせ、エア真剣で斬られまくったんでは、試合に勝ったが勝負に負けたという感じでスッキリしない。
ところで、漫画の表現の起源をそれぞれ探るスレッドがありまして。その中に剣を振ったらビームみたいのが出るという、いわゆる刀かめはめ波の起源は何かというのがあった。例えに「ダイの大冒険」が出ていたが、ついたレスは「YAIBA」。コナンの青山剛昌による1988年の作品。
それだったら石垣環の方が早かろうと思う。
雑誌「ファミコン必勝本」で1985年ごろからウィザードリィのコミカライズを連載していた。
初期の頃から「剣圧」という表現をしている。ゲームにない、石垣環オリジナルの脚色であった。
そもそもこういう表現はゲームが自然にやっていたある意味陳腐な表現で、漫画でどれが初めかどうこういうのも馬鹿らしい話かもしれない。パッと思いつくとこではヴァリス。ゼルダなんかもビームを飛ばしていた。いくらでもありそうだ。
グダグダになった最強死刑囚編もそうだが、結局主人公が素手側の人である以上、素手が最強という無理のある結末にならざるを得ない。素手の人間はいかにして武器攻撃を食らわず、武器を取り上げて勝つかという展開にするべきで、武蔵自ら刀を捨てさせ、エア真剣で斬られまくったんでは、試合に勝ったが勝負に負けたという感じでスッキリしない。
ところで、漫画の表現の起源をそれぞれ探るスレッドがありまして。その中に剣を振ったらビームみたいのが出るという、いわゆる刀かめはめ波の起源は何かというのがあった。例えに「ダイの大冒険」が出ていたが、ついたレスは「YAIBA」。コナンの青山剛昌による1988年の作品。
それだったら石垣環の方が早かろうと思う。
雑誌「ファミコン必勝本」で1985年ごろからウィザードリィのコミカライズを連載していた。
初期の頃から「剣圧」という表現をしている。ゲームにない、石垣環オリジナルの脚色であった。
そもそもこういう表現はゲームが自然にやっていたある意味陳腐な表現で、漫画でどれが初めかどうこういうのも馬鹿らしい話かもしれない。パッと思いつくとこではヴァリス。ゼルダなんかもビームを飛ばしていた。いくらでもありそうだ。
ジャンプ50周年 アニバーサリーフィギュア ~ ダイ ~ ダイの大冒険
- 出版社/メーカー: バンプレスト
- メディア:
幕末の二大巨頭が愛した短い歌を残した長井雅楽(うた)。 [心に残る1コマ]
コミック乱連載の「風雲児たち幕末編」。
長井雅楽(ながいうた)の辞世の句のエピソードが面白い。
(画像は拾い物)
坂本龍馬と大村益次郎という非業の死を遂げた幕末の二代巨頭がその句を気に入り、持ち歩いていたことから、遺品整理の際に遺族が辞世の句と勘違い。世間でもしばらくそういった誤解が続いたという。
長井雅楽は幕府打倒の二大勢力である長州の人間。
漫画での扱いはあまり良くない。
平凡な人の良いおじさん的な描写のされ方だと思う。
大してすごいこともない建白書「航海遠略策」が時期的にうまい具合にハマってメガヒット。ヒットチャート1位に輝く。しかしまた時代の流れが代わり、手のひら返しの大バッシングを受け、切腹に追い込まれる。しかし彼は大人しく自分の運命を受け入れる。。。という感じに作者のみなもと太郎は長井雅楽を描写している。
その長井雅楽が残し、龍馬と益次郎がハマったという辞世の句を見て「んんん?」と思った。
「君がため身を捨つる命は惜しからで ただ思はるる国のゆくすえ」
これって小山ゆうの「お〜い!竜馬」にあったぞ?
岡田以蔵が吉田東洋の縁者に一目惚れ。
ラブレターの書き方を相談された竜馬が考えた歌がこれ。
「君がため、捨つる命は惜しまねど、心にかかる国のゆく末」
吉田東洋暗殺を盛り上げるための装置の一つであり、フィクションであることは読者には明白。しかし原作の武田鉄矢が、龍馬の辞世の句を勘違いしていなければ出てこない発想である。とすると、この句が長井雅楽のものであると知られたのは割と最近なのだろうか。調べてみたが、その辺はよくわからなかった。ちなみに「お〜い!竜馬」は1986年から10年間連載されていた。
長井雅楽(ながいうた)の辞世の句のエピソードが面白い。
(画像は拾い物)
坂本龍馬と大村益次郎という非業の死を遂げた幕末の二代巨頭がその句を気に入り、持ち歩いていたことから、遺品整理の際に遺族が辞世の句と勘違い。世間でもしばらくそういった誤解が続いたという。
長井雅楽は幕府打倒の二大勢力である長州の人間。
漫画での扱いはあまり良くない。
平凡な人の良いおじさん的な描写のされ方だと思う。
大してすごいこともない建白書「航海遠略策」が時期的にうまい具合にハマってメガヒット。ヒットチャート1位に輝く。しかしまた時代の流れが代わり、手のひら返しの大バッシングを受け、切腹に追い込まれる。しかし彼は大人しく自分の運命を受け入れる。。。という感じに作者のみなもと太郎は長井雅楽を描写している。
その長井雅楽が残し、龍馬と益次郎がハマったという辞世の句を見て「んんん?」と思った。
「君がため身を捨つる命は惜しからで ただ思はるる国のゆくすえ」
これって小山ゆうの「お〜い!竜馬」にあったぞ?
岡田以蔵が吉田東洋の縁者に一目惚れ。
ラブレターの書き方を相談された竜馬が考えた歌がこれ。
「君がため、捨つる命は惜しまねど、心にかかる国のゆく末」
吉田東洋暗殺を盛り上げるための装置の一つであり、フィクションであることは読者には明白。しかし原作の武田鉄矢が、龍馬の辞世の句を勘違いしていなければ出てこない発想である。とすると、この句が長井雅楽のものであると知られたのは割と最近なのだろうか。調べてみたが、その辺はよくわからなかった。ちなみに「お〜い!竜馬」は1986年から10年間連載されていた。
お~い! 竜馬 文庫版 コミック 全14巻セット (小学館文庫)
- 作者: 武田 鉄矢
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2011/03/01
- メディア: 文庫
岡崎つぐお「あそびじゃないの」の単行本はなぜ最後まで出なかったのか [心に残る1コマ]
電子の売り上げが紙を抜いたそうである。
マズイ。早すぎる。。。
紙の本が高くなる&出版されなくなる。。。
先日、調べ物してる過程で「あそびじゃないの」という漫画が単行本が最後まで出なかったことを知った。この漫画は、ゲーム史上初の週刊誌となったことで話題を読んだファミ通(当時:ファミコン通信)の、週刊化目玉企画であったストーリー漫画掲載の第二波であった。作画はベテランの岡崎つぐお。原作は有名ゲームデザイナーの宮岡寛。この布陣で単行本最後まで出さないのは容赦ないなあと思う。
当時イケイケのファミ通ですらこの厳しさなのだ。よく考えてみると、1巻が売れなかったのでそこで終わりパターンは結構ある。よく漫画村問題で単行本が売れなくなって作家が食えなくなると言われるが、こっちの方が説得力を感じやすい気がする。最近だと連載開始から話題沸騰の「ど根性ガエルの娘」が、単行本売れなさすぎエンドするところだったのだ。ちなみにどちらもアスキーやな。
ところで、この「あそびじゃないの」という漫画、印象的な作品ではあるのだが、自分的にはいまいちだった。単行本売れなかったということは、同じ印象の人が多いのかもしれない。内容は、簡単にいえば希望に燃えるゲーム会社のバイト青年がゲームを作る話で、そこまで売れなさそうな感じはしない。しかしこの漫画は味付けの仕方が悪かった。
余命幾ばくもないゲーム好きの金持ち老人が、自分の懐刀の鮫島にゲーム作りを依頼。ゲームなど全くやったことのない鮫島が、ゲーム会社にバイトとして潜入するのが話の導入部。鮫島は現場を学びながら、やがてプロデューサー的な立ち位置となっていく。ゲーム作りは政敵の攻撃の材料として狙われ、ストーリーに緊張感を持たせている。。。という構成で、ゲームデザイナー志望の青年の茶畑のサクセスストーリーを補強しているのだが、それらが全部邪魔だったと思う。
茶畑から話が始まり、老人や鮫島の真意が徐々に明らかになる展開だったらよかったのだろうが、これを逆にしたことで「なんかオッサンの漫画が始まったけど、どうやって読んだらいいんだ?」と感情移入を妨げてしまった。「ゲーム会社にヤクザが入社してきて大パニック!」という触れ込みだったらもっと話題を呼べたと思えるのだがどうだろうか。
岡崎つぐおの起用も俺はよくないと思う。
少年サンデーで「どきどきハートビート」を愛読していて、電子版も買ったぐらいだが、当時すでにベテラン過ぎて絵の密度が荒く、雑誌のカラーに合わなかったと思う。そもそもファミ通週刊化からの漫画家起用のセンスがよくない。それ以前はハズレがなかったのに。永井豪は巨匠でインパクトがあったが、内容よりも権威を当てにしての人選としか思えない。山本貴嗣は平凡な内容の中にフェチズムをさりげなく入れ込んでくるだけの人だし、 とりうみ詳子は小洒落た感じの少女漫画で論外。田中ひでお、松井なつき、あべかよこは単純に面白くない。ロビン西はちょっと面白いけど気持ち悪い。
とまあ、つい筆が滑って罵詈雑言の流れになってしまったが、「あそびじゃないの」は先に述べた通り、印象的な惜しい作品でもあった。この作品は下請け会社の悲哀も描いているのだが、当時学生だった自分には、そもそもゲームに下請けがあるという発想がなかった。ナムコのゲームはナムコで。タイトーのゲームはタイトーで作られていると思っていた。天才グラフィッカー枠でレギュラーキャラクターになった絵描きが、モニターの輝度を変えて絵の印象がまた変わってくることに深さを感じるシーンとか、「赤ずきんクエスト」という企画のダサさを責められた鮫島が発想理由を語り出すと経営センスを感じさせるシーンとか、そこはゲームデザイナーの宮岡寛ならではの素晴らしい持ち味が出ていると思う。やはり本人の劇中登場シーンと同様、見せ方が良くなかったと思うが。。。
というわけで結論、
3/29発売の「ど根性ガエルの娘 」4巻はみんな買いましょう。
マズイ。早すぎる。。。
紙の本が高くなる&出版されなくなる。。。
先日、調べ物してる過程で「あそびじゃないの」という漫画が単行本が最後まで出なかったことを知った。この漫画は、ゲーム史上初の週刊誌となったことで話題を読んだファミ通(当時:ファミコン通信)の、週刊化目玉企画であったストーリー漫画掲載の第二波であった。作画はベテランの岡崎つぐお。原作は有名ゲームデザイナーの宮岡寛。この布陣で単行本最後まで出さないのは容赦ないなあと思う。
当時イケイケのファミ通ですらこの厳しさなのだ。よく考えてみると、1巻が売れなかったのでそこで終わりパターンは結構ある。よく漫画村問題で単行本が売れなくなって作家が食えなくなると言われるが、こっちの方が説得力を感じやすい気がする。最近だと連載開始から話題沸騰の「ど根性ガエルの娘」が、単行本売れなさすぎエンドするところだったのだ。ちなみにどちらもアスキーやな。
ところで、この「あそびじゃないの」という漫画、印象的な作品ではあるのだが、自分的にはいまいちだった。単行本売れなかったということは、同じ印象の人が多いのかもしれない。内容は、簡単にいえば希望に燃えるゲーム会社のバイト青年がゲームを作る話で、そこまで売れなさそうな感じはしない。しかしこの漫画は味付けの仕方が悪かった。
余命幾ばくもないゲーム好きの金持ち老人が、自分の懐刀の鮫島にゲーム作りを依頼。ゲームなど全くやったことのない鮫島が、ゲーム会社にバイトとして潜入するのが話の導入部。鮫島は現場を学びながら、やがてプロデューサー的な立ち位置となっていく。ゲーム作りは政敵の攻撃の材料として狙われ、ストーリーに緊張感を持たせている。。。という構成で、ゲームデザイナー志望の青年の茶畑のサクセスストーリーを補強しているのだが、それらが全部邪魔だったと思う。
茶畑から話が始まり、老人や鮫島の真意が徐々に明らかになる展開だったらよかったのだろうが、これを逆にしたことで「なんかオッサンの漫画が始まったけど、どうやって読んだらいいんだ?」と感情移入を妨げてしまった。「ゲーム会社にヤクザが入社してきて大パニック!」という触れ込みだったらもっと話題を呼べたと思えるのだがどうだろうか。
岡崎つぐおの起用も俺はよくないと思う。
少年サンデーで「どきどきハートビート」を愛読していて、電子版も買ったぐらいだが、当時すでにベテラン過ぎて絵の密度が荒く、雑誌のカラーに合わなかったと思う。そもそもファミ通週刊化からの漫画家起用のセンスがよくない。それ以前はハズレがなかったのに。永井豪は巨匠でインパクトがあったが、内容よりも権威を当てにしての人選としか思えない。山本貴嗣は平凡な内容の中にフェチズムをさりげなく入れ込んでくるだけの人だし、 とりうみ詳子は小洒落た感じの少女漫画で論外。田中ひでお、松井なつき、あべかよこは単純に面白くない。ロビン西はちょっと面白いけど気持ち悪い。
とまあ、つい筆が滑って罵詈雑言の流れになってしまったが、「あそびじゃないの」は先に述べた通り、印象的な惜しい作品でもあった。この作品は下請け会社の悲哀も描いているのだが、当時学生だった自分には、そもそもゲームに下請けがあるという発想がなかった。ナムコのゲームはナムコで。タイトーのゲームはタイトーで作られていると思っていた。天才グラフィッカー枠でレギュラーキャラクターになった絵描きが、モニターの輝度を変えて絵の印象がまた変わってくることに深さを感じるシーンとか、「赤ずきんクエスト」という企画のダサさを責められた鮫島が発想理由を語り出すと経営センスを感じさせるシーンとか、そこはゲームデザイナーの宮岡寛ならではの素晴らしい持ち味が出ていると思う。やはり本人の劇中登場シーンと同様、見せ方が良くなかったと思うが。。。
というわけで結論、
3/29発売の「ど根性ガエルの娘 」4巻はみんな買いましょう。
承太郎のモデルはバビル2世ではなかった説!「ちばてつや--漫画家生活55周年記念号」 [心に残る1コマ]
「岸辺露伴は動かない」2巻の予約が始まってた。
流行りのDVDアニメ付きで。
なんと発売日は半年後!なげえ!
ところで思い出したのだが、
こないだ「家路」という短編を電子化するために買った「ちばてつや--漫画家生活55周年記念号」というムック。
荒木飛呂彦が漫画を描いてたよ。承太郎の学ラン姿はバビル2世の影響と知られているけど、ちばてつやの影響の方が強いのを本人が気づいてない気がしてきた。こっちは帽子かぶってるしな。
他にも井上雄彦、小山ゆう、高橋留美子、あだち充など、錚々たる面子が寄稿している。
本宮ひろ志も見開きで土下座するほどリスペクトを捧げていて驚くのだが、描かれた本宮キャラオールスターのイラストの中に2巻で打切りを食らった「ばくだん」のキャラがいたのに驚いた。なぜこのチョイスなのだ。弟子が描いてるんだろうけども、指定とかあったんかな。この漫画、引っかかってるんだよなあ。買おうかなあ。
他にも江口寿史が描いているのだが、ちばあきおのアシスタントが初婚の相手だったというのに驚いた。以前、現役バリバリのアイドルと結婚してるのを知って驚いたが、再婚だったと知ってさらに驚いた。嫉妬の炎を燃やしながら計算してみたが、この4年後に二人目の嫁となる16歳のアイドルと知り合ったことになる。なんと極悪非道な男だ。「ちばてつやの影響で漫画家をやめられない」とかヌケヌケと書いているが、お前まだ漫画家のつもりなのかよ。一生恨んでやる。
↓関連過去記事
『藤島康介もぶっ飛ぶ!16歳のトップアイドルと結婚した30歳の漫画家が30年前に実在した。』
http://omakedvd.blog.so-net.ne.jp/2017-07-12
活字の本の積ん読が多くて、まだこのムックちゃんと読んでない。
忘れないようにしよう。
流行りのDVDアニメ付きで。
なんと発売日は半年後!なげえ!
ところで思い出したのだが、
こないだ「家路」という短編を電子化するために買った「ちばてつや--漫画家生活55周年記念号」というムック。
荒木飛呂彦が漫画を描いてたよ。承太郎の学ラン姿はバビル2世の影響と知られているけど、ちばてつやの影響の方が強いのを本人が気づいてない気がしてきた。こっちは帽子かぶってるしな。
他にも井上雄彦、小山ゆう、高橋留美子、あだち充など、錚々たる面子が寄稿している。
本宮ひろ志も見開きで土下座するほどリスペクトを捧げていて驚くのだが、描かれた本宮キャラオールスターのイラストの中に2巻で打切りを食らった「ばくだん」のキャラがいたのに驚いた。なぜこのチョイスなのだ。弟子が描いてるんだろうけども、指定とかあったんかな。この漫画、引っかかってるんだよなあ。買おうかなあ。
他にも江口寿史が描いているのだが、ちばあきおのアシスタントが初婚の相手だったというのに驚いた。以前、現役バリバリのアイドルと結婚してるのを知って驚いたが、再婚だったと知ってさらに驚いた。嫉妬の炎を燃やしながら計算してみたが、この4年後に二人目の嫁となる16歳のアイドルと知り合ったことになる。なんと極悪非道な男だ。「ちばてつやの影響で漫画家をやめられない」とかヌケヌケと書いているが、お前まだ漫画家のつもりなのかよ。一生恨んでやる。
↓関連過去記事
『藤島康介もぶっ飛ぶ!16歳のトップアイドルと結婚した30歳の漫画家が30年前に実在した。』
http://omakedvd.blog.so-net.ne.jp/2017-07-12
活字の本の積ん読が多くて、まだこのムックちゃんと読んでない。
忘れないようにしよう。
岸辺露伴は動かない 2 アニメDVD同梱版 (マルチメディア商品)
- 作者: 荒木 飛呂彦
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2018/07/19
- メディア: コミック
国に操られた漫画家たち。1986年のエイズ漫画事情。 [心に残る1コマ]
エイズ終息に7500億円必要というニュース。
それだけあればあの病気がなくなるのかあ。。。
もうそこまできてるのか。。。
あとはガン根絶だな。
ところで修正されたこち亀の「エイズなんてどんとこいだ」は秀逸なギャグだと思う。
昔は結構エイズがギャグにされていた。
週刊少年サンデー、安永航一郎の「陸軍中野予備校」
花とゆめ、魔夜峰央「パタリロ!」
アニパロコミックスにおけるとみいみく(丹沢恵)の漫画。
引用したとみいみくの漫画はスタートレックのパロディだが、とみいみくは同誌でヤングシャーロックホームズをネタにゲイの世界を描いていた。
当時、エイズはゲイがなる病気というのが一般の認識だった。ゲイが少ない日本では、自分達には関係ない外国の面白病という認識だったのだと思う。婦女子にネタにされていたのは、もうどうしようもないと言える。
弘兼憲史の「課長島耕作」では、顧客がゲイだと知ってショックを受けた島耕作の背景に大きく「エイズ」と描かれたコマがあった。もうゲイはエイズの代名詞になっていたのである。現在の価値観でみるとすごい話だ。
所有の文庫版をチェックしたら黒く塗りつぶされていたので、当時の世相を知る資料として、わざわざ初期単行本を購入し直す。文庫版は1995年。初期単行本の初版は1987年だが、購入したのは1992年の29刷。この3年で何か認識が改められたということになるのかもしれない。
小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」によると、この「ゲイ=エイズ」の偏見は意図的にイメージ作られたものであるという。エイズは1982年に血液感染する病気だと一部の識者に知られ、すぐに輸血用にストックされた血液が危険だと日本でも指摘されたそう。しかし製薬会社との癒着により、厚生省や医師らがそれを無視。同性愛者でない、多くのエイズ患者を量産。批判の矛先を逸らすために1985年に同性愛者を患者第一号に認定し、PR活動を行ったという。結局、薬害エイズは大問題になって国が謝罪するのだが。
ちなみにエイズをネタにした漫画を調べてみると、手持ちのものは86年が多い。陸軍中野予備校、とみいみく、課長島耕作、雑誌掲載時期が全て86年の作品である。やはり85年の印象操作が効いているんであろうか。ちなみにこち亀は87年。パタリロ!だけ1983年と早かった。パタリロ!といえばゲイ漫画でもある。ノーマルのパタリロを「歩くエイズ」扱いしているのは、ゲイのバンコラン少佐という不思議な構図。そもそも「歩くエイズ」というのは変な表現だ。エイズ患者は歩くだろう。が、そうではなく病原菌そのものとしてパタリロを嫌悪しているという解釈だと深い。
それだけあればあの病気がなくなるのかあ。。。
もうそこまできてるのか。。。
あとはガン根絶だな。
ところで修正されたこち亀の「エイズなんてどんとこいだ」は秀逸なギャグだと思う。
昔は結構エイズがギャグにされていた。
週刊少年サンデー、安永航一郎の「陸軍中野予備校」
花とゆめ、魔夜峰央「パタリロ!」
アニパロコミックスにおけるとみいみく(丹沢恵)の漫画。
引用したとみいみくの漫画はスタートレックのパロディだが、とみいみくは同誌でヤングシャーロックホームズをネタにゲイの世界を描いていた。
当時、エイズはゲイがなる病気というのが一般の認識だった。ゲイが少ない日本では、自分達には関係ない外国の面白病という認識だったのだと思う。婦女子にネタにされていたのは、もうどうしようもないと言える。
弘兼憲史の「課長島耕作」では、顧客がゲイだと知ってショックを受けた島耕作の背景に大きく「エイズ」と描かれたコマがあった。もうゲイはエイズの代名詞になっていたのである。現在の価値観でみるとすごい話だ。
所有の文庫版をチェックしたら黒く塗りつぶされていたので、当時の世相を知る資料として、わざわざ初期単行本を購入し直す。文庫版は1995年。初期単行本の初版は1987年だが、購入したのは1992年の29刷。この3年で何か認識が改められたということになるのかもしれない。
小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」によると、この「ゲイ=エイズ」の偏見は意図的にイメージ作られたものであるという。エイズは1982年に血液感染する病気だと一部の識者に知られ、すぐに輸血用にストックされた血液が危険だと日本でも指摘されたそう。しかし製薬会社との癒着により、厚生省や医師らがそれを無視。同性愛者でない、多くのエイズ患者を量産。批判の矛先を逸らすために1985年に同性愛者を患者第一号に認定し、PR活動を行ったという。結局、薬害エイズは大問題になって国が謝罪するのだが。
ちなみにエイズをネタにした漫画を調べてみると、手持ちのものは86年が多い。陸軍中野予備校、とみいみく、課長島耕作、雑誌掲載時期が全て86年の作品である。やはり85年の印象操作が効いているんであろうか。ちなみにこち亀は87年。パタリロ!だけ1983年と早かった。パタリロ!といえばゲイ漫画でもある。ノーマルのパタリロを「歩くエイズ」扱いしているのは、ゲイのバンコラン少佐という不思議な構図。そもそも「歩くエイズ」というのは変な表現だ。エイズ患者は歩くだろう。が、そうではなく病原菌そのものとしてパタリロを嫌悪しているという解釈だと深い。
西部邁が自決。「電車の中で漫画を読んではいかん」発言の真意。 [心に残る1コマ]
西部邁が自殺したという。
ゴーマニズム宣言に出てた人という知識しかないが、出演シーンはどれも印象的だった。
ちなみに自分がゴーマニズム宣言を読み出すキッカケはオウム事件だったので、西部邁を知ったのは「新ゴーマニズム宣言」1巻に収録された小林よしのりと和解するシーンになる。そんなことはすっかり忘れていた。
「漫画を愛読書だというのは家系の恥」と発言した西部邁をバッシングするのが旧ゴーマニズム宣言の5巻なので、二人が和解するまで実に単行本5冊分かかっていることになる。思ったよりも長かった。
「いや わし考え変わりました。電車の中でマンガ読むのダメですよ。」
西部氏は無言で握手してきた。
番組中わしは価値びん乱状態の雑誌にイヤ気がさして連載をやめてしまった心情を基に語り始めた。
「戦後あらゆる価値が相対化されてそこら中に異常者がはん濫している。ギャグ漫画家が相対化して笑うべきものがなくなってきているほどだ。」
これを受けて西部氏は興味深いことを言う。
「戦後 気の変な人の表現・行動をユニークだとかオリジナリティがあると言ってほめたたえるところがあるが私は狂人にも一抹の魅力があることを認めるためにも、こちらが正気であらねばならないと思う。」
「戦後 異端がすばらしくて正統・オーソドキシィが退屈なものであるという大いなる誤解から始まったが…正気というものは面白く魅力あるダイナミックなものだ。人間ってのは常識も正気も正統も歴史によって支えられるんですね。」
う〜ん わしが前の雑誌をとび出すことになったイラつきをみごとに言いあててるような。そしてわしはサブカルチャーとしての「ゴー宣」からメインの知識人の責任感を撃つためにあえてこう発言した。
「西部さんの言うとおり『電車の中でマンガなんか読んではいかん』のですよ」
マンガをどこで読んでも恥ずかしくないものとして認知してゆき、そのうち高尚な文化、メインの文化とまで持ち上げられるようにでもなってみろ。その時マンガは滅ぶ!あくまでもサブカルチャーの位置からメインをおびやかすのだ!
薬害エイズ訴訟を支える会の志奈ちゃんが「知識人の知恵を借りたい」と訴えると、じっとそれを聞いていた西部氏がこう言った。
「もしもぼくの妹がそういう形でエイズになったとしたら…血液製剤を作ったプライベート・カンパニーにまず爆弾を投げたい。そしてそーいう情報をうすうす知りながらほったらかした厚生省にバズーカ砲でもぶちこみたい。つまりぼくが何を言いたいかというと小林くんから叱られるかもしれないがこの世には残酷なことは数限りなくあってムチャクチャなんですよ。別に官庁だけでなく民間企業も全部そうなんですよ。うらみをのんで死なねばならなかった人が山ほどいて、ぼくは愛する人がそーいう目にあったらサリンでも何でもまく…」
西部氏は保守だ。あえて憎まれ役を買って出ても官僚を守るような発言をする。彼は官はやっぱりエリートで民は相当愚かと思っている。官僚をバッシングばかりしているが誰か彼らに代われる能力を持つ者がいると思っているのか?と言いたげだ。そしてわしや若者たちに世の中の不条理にいちいち本気になってもしょーがないと一面の真理を教えようともしている。確かにな。この世の不幸全てを救済しようと思ったらオウムになっちまう。
以上、印象深かったコマを紹介してみた。
小林よしのりはブログで「予告通りに自分で自分の人生に決着をつけるとは立派だ。」とコメントしている。
ゴーマニズム宣言に出てた人という知識しかないが、出演シーンはどれも印象的だった。
ちなみに自分がゴーマニズム宣言を読み出すキッカケはオウム事件だったので、西部邁を知ったのは「新ゴーマニズム宣言」1巻に収録された小林よしのりと和解するシーンになる。そんなことはすっかり忘れていた。
「漫画を愛読書だというのは家系の恥」と発言した西部邁をバッシングするのが旧ゴーマニズム宣言の5巻なので、二人が和解するまで実に単行本5冊分かかっていることになる。思ったよりも長かった。
「いや わし考え変わりました。電車の中でマンガ読むのダメですよ。」
西部氏は無言で握手してきた。
番組中わしは価値びん乱状態の雑誌にイヤ気がさして連載をやめてしまった心情を基に語り始めた。
「戦後あらゆる価値が相対化されてそこら中に異常者がはん濫している。ギャグ漫画家が相対化して笑うべきものがなくなってきているほどだ。」
これを受けて西部氏は興味深いことを言う。
「戦後 気の変な人の表現・行動をユニークだとかオリジナリティがあると言ってほめたたえるところがあるが私は狂人にも一抹の魅力があることを認めるためにも、こちらが正気であらねばならないと思う。」
「戦後 異端がすばらしくて正統・オーソドキシィが退屈なものであるという大いなる誤解から始まったが…正気というものは面白く魅力あるダイナミックなものだ。人間ってのは常識も正気も正統も歴史によって支えられるんですね。」
う〜ん わしが前の雑誌をとび出すことになったイラつきをみごとに言いあててるような。そしてわしはサブカルチャーとしての「ゴー宣」からメインの知識人の責任感を撃つためにあえてこう発言した。
「西部さんの言うとおり『電車の中でマンガなんか読んではいかん』のですよ」
マンガをどこで読んでも恥ずかしくないものとして認知してゆき、そのうち高尚な文化、メインの文化とまで持ち上げられるようにでもなってみろ。その時マンガは滅ぶ!あくまでもサブカルチャーの位置からメインをおびやかすのだ!
薬害エイズ訴訟を支える会の志奈ちゃんが「知識人の知恵を借りたい」と訴えると、じっとそれを聞いていた西部氏がこう言った。
「もしもぼくの妹がそういう形でエイズになったとしたら…血液製剤を作ったプライベート・カンパニーにまず爆弾を投げたい。そしてそーいう情報をうすうす知りながらほったらかした厚生省にバズーカ砲でもぶちこみたい。つまりぼくが何を言いたいかというと小林くんから叱られるかもしれないがこの世には残酷なことは数限りなくあってムチャクチャなんですよ。別に官庁だけでなく民間企業も全部そうなんですよ。うらみをのんで死なねばならなかった人が山ほどいて、ぼくは愛する人がそーいう目にあったらサリンでも何でもまく…」
西部氏は保守だ。あえて憎まれ役を買って出ても官僚を守るような発言をする。彼は官はやっぱりエリートで民は相当愚かと思っている。官僚をバッシングばかりしているが誰か彼らに代われる能力を持つ者がいると思っているのか?と言いたげだ。そしてわしや若者たちに世の中の不条理にいちいち本気になってもしょーがないと一面の真理を教えようともしている。確かにな。この世の不幸全てを救済しようと思ったらオウムになっちまう。
以上、印象深かったコマを紹介してみた。
小林よしのりはブログで「予告通りに自分で自分の人生に決着をつけるとは立派だ。」とコメントしている。
日韓合意を撤回する韓国。その心理を20年前に予測した小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」 [心に残る1コマ]
産経ニュースを読む。
いろんな批判を受けながら政府が強行した慰安婦問題の日韓合意というヤツを、韓国側が撤回するんだそうだ。
>日韓合意では慰安婦問題の「最終的・不可逆的な解決」を確認している。しかし、文氏は「公式合意という事実は否定できないが、慰安婦問題は誤っており解決せねばならない」と理解に苦しむ説明をした。韓国政府の日韓合意に対する方針に日本政府や世論が強く反発していることは10日も韓国メディアが伝えていた。大統領府当局者は「大統領も知っている」と話していたが、その上での発言であり、「心からの謝罪」をさらに日本に求めた。
思い出すのは小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」3巻。
そもそも、求められる「心からの謝罪」に意味はあるのかという検証を行っている。
直後に薬害エイズ事件があり、加害側の関係者は集団リンチも同然にマスコミの前で土下座を強いられたが、それで被害者が許したかという話だ。おそらく一瞬気が晴れただけだろう。相手にされた同じことをしてやるしかないが、それは不可能。そもそも法は心の中まで強制できないし、それをやろうとするのは洗脳になる可能性がある。刑務所送りにするのが限界だと説いている。
しかし、例え相手を死刑にしたとして、「それでも私の殺された家族は帰ってこない」「私の病気が治るわけではない」と言い出す可能性があると続くのだ。
小林氏が慰安婦問題を取り上げたかなり初期、20年前に描かれた漫画だが、当時すごく納得がいった。だから今回撤回された日韓合意が結ばれた時は、こうなるのだろうと思っていた。それにしても早過ぎるだろうと思うが。
産経ニュースにはこうある。
>文氏はこの世論を背に受け、日本が慰安婦問題での事実を認め、心から謝罪、教訓とし、再発防止に向けた国際社会と努力をしたときこそ「元慰安婦らが日本を許すことができ、問題が完全に解決する」と考えているという。
韓国世論にも批判の声があるようだが、これも一定の成果と言えないこともない。しかしこれもやがて忘れられ、同じことを繰り返すのだと思う。解決などそもそも無いことを理解した上で、この問題は考えないといけないのだ。
「この世に人の命を贖えるモンがあるとすれば、そいつは人の命だけだ」
(「無限の住人」4巻)
いろんな批判を受けながら政府が強行した慰安婦問題の日韓合意というヤツを、韓国側が撤回するんだそうだ。
>日韓合意では慰安婦問題の「最終的・不可逆的な解決」を確認している。しかし、文氏は「公式合意という事実は否定できないが、慰安婦問題は誤っており解決せねばならない」と理解に苦しむ説明をした。韓国政府の日韓合意に対する方針に日本政府や世論が強く反発していることは10日も韓国メディアが伝えていた。大統領府当局者は「大統領も知っている」と話していたが、その上での発言であり、「心からの謝罪」をさらに日本に求めた。
思い出すのは小林よしのりの「新ゴーマニズム宣言」3巻。
そもそも、求められる「心からの謝罪」に意味はあるのかという検証を行っている。
直後に薬害エイズ事件があり、加害側の関係者は集団リンチも同然にマスコミの前で土下座を強いられたが、それで被害者が許したかという話だ。おそらく一瞬気が晴れただけだろう。相手にされた同じことをしてやるしかないが、それは不可能。そもそも法は心の中まで強制できないし、それをやろうとするのは洗脳になる可能性がある。刑務所送りにするのが限界だと説いている。
しかし、例え相手を死刑にしたとして、「それでも私の殺された家族は帰ってこない」「私の病気が治るわけではない」と言い出す可能性があると続くのだ。
小林氏が慰安婦問題を取り上げたかなり初期、20年前に描かれた漫画だが、当時すごく納得がいった。だから今回撤回された日韓合意が結ばれた時は、こうなるのだろうと思っていた。それにしても早過ぎるだろうと思うが。
産経ニュースにはこうある。
>文氏はこの世論を背に受け、日本が慰安婦問題での事実を認め、心から謝罪、教訓とし、再発防止に向けた国際社会と努力をしたときこそ「元慰安婦らが日本を許すことができ、問題が完全に解決する」と考えているという。
韓国世論にも批判の声があるようだが、これも一定の成果と言えないこともない。しかしこれもやがて忘れられ、同じことを繰り返すのだと思う。解決などそもそも無いことを理解した上で、この問題は考えないといけないのだ。
「この世に人の命を贖えるモンがあるとすれば、そいつは人の命だけだ」
(「無限の住人」4巻)
新ゴーマニズム宣言 全14巻完結 [マーケットプレイス コミックセット]
- 作者: 小林 よしのり
- 出版社/メーカー: 小学館
- メディア: コミック
しつけが悪いのは読者か作家か。うすた京介はパンドラの箱を開けたのか? [心に残る1コマ]
電子書籍違法ダウンロードサイトが話題になっていたので、後学のためにちょっと見に行ってみた。一見、ちゃんとしたようなサイトで、違法性は無いと謳っているらしい。最近ベストセラーになってるアイドルの写真集があったので見てみたら、あまりにも汚い雑な仕事っぷりで笑えた。しかしよくよくサイト内を見てみると、誰もが知る大ヒット漫画全巻や、最近俺が買った漫画までもすでにアップロードされていて背筋が寒くなった。自炊してる人の肩身も狭くなるわコレ。
法の目はくぐってるのかもしれないけど、こりゃダメだろうなあ。早晩潰されるだろと思う。てか潰さなあかん。立ち読みはヘビーユーザーを育てると思うが、これはダメだろうなあ。鈴木みその漫画「しつけが悪い」というコマを思い出した。
(「おとなのしくみ」4巻より)
最近、ホワイトな職場宣言で話題になった三田紀房が、元アシスタントから「んな訳ねーだろ」と声をあげられた。流れをよく知らないままうすた京介が「嫌なら辞めろ」と勘違い発言してすぐ削除。見方によっては大多数の人間の高い志に甘えて成り立っている業界だが、勘違いした漫画家が「ほうれいじゅんしゅ」する気がないと声高に宣言した例として炎上している。パンドラの箱を開いてしまったのかもしれん。漫画界の明日はどっちだ。
さらに検索したらば、あの佐藤秀峯がこの件について記事を書いていた。
かなり勉強してる印象だ。いよいよもって色々と業界の認識が甘いのかもしれんと思った。ただ、三田紀房のホワイト宣言については、プロデューサーの演出によるものではとも分析していて色々と深い。
法の目はくぐってるのかもしれないけど、こりゃダメだろうなあ。早晩潰されるだろと思う。てか潰さなあかん。立ち読みはヘビーユーザーを育てると思うが、これはダメだろうなあ。鈴木みその漫画「しつけが悪い」というコマを思い出した。
(「おとなのしくみ」4巻より)
最近、ホワイトな職場宣言で話題になった三田紀房が、元アシスタントから「んな訳ねーだろ」と声をあげられた。流れをよく知らないままうすた京介が「嫌なら辞めろ」と勘違い発言してすぐ削除。見方によっては大多数の人間の高い志に甘えて成り立っている業界だが、勘違いした漫画家が「ほうれいじゅんしゅ」する気がないと声高に宣言した例として炎上している。パンドラの箱を開いてしまったのかもしれん。漫画界の明日はどっちだ。
さらに検索したらば、あの佐藤秀峯がこの件について記事を書いていた。
かなり勉強してる印象だ。いよいよもって色々と業界の認識が甘いのかもしれんと思った。ただ、三田紀房のホワイト宣言については、プロデューサーの演出によるものではとも分析していて色々と深い。
懐かしの伝記まんがを読み返したら、描いてる人が藤子不二雄のチーフアシだった [心に残る1コマ]
子供の頃に愛読していた学研伝記マンガシリーズを少しづつ買い戻して電子化している。
「ベーブ=ルース」の奥付を見ると、作画が方倉陽二/藤子スタジオ出身となっている。
近年読んだ、えびはら武司の「藤子スタジオアシスタント日記」に出てくる人だと気づいた。
チーフアシだそうだが、正直いま読み返して見るとあまり上手くないなと思った。。。藤子プロ時代は達者な作画技術で知られていたそうだが、やはり自分の作品を描くのとは勝手が違うものだろうか。。。ちなみに、ドラえもんがネズミに耳をかじられて青くなったという有名な裏設定はこの人が考えたのだそう。濃い藤子ファンなら当然知ってる話だそうだ。
更に調べて見ると、やはり子供の頃に好きだった「のんきくん」の作者だということもわかった。ベーブルースに比べると、ずいぶん作画が安定している印象だ。
更に更にのむらしんぼの「コロコロ創刊伝説」にも登場していた。
更に更に更にメガドライブでゲーム化された「まじかるハットのぶっとびターボ大冒険」の原作(メディアミックス作品だったみたい)も描いていたと知った。うーん、知らんことばかりだった。
亡くなった後、伝記漫画が後輩の手によって描かれている。なかなか面白い。どこかで見た絵だと思ったら、プラコン大作のたかや健二だった。
「ベーブ=ルース」の奥付を見ると、作画が方倉陽二/藤子スタジオ出身となっている。
近年読んだ、えびはら武司の「藤子スタジオアシスタント日記」に出てくる人だと気づいた。
チーフアシだそうだが、正直いま読み返して見るとあまり上手くないなと思った。。。藤子プロ時代は達者な作画技術で知られていたそうだが、やはり自分の作品を描くのとは勝手が違うものだろうか。。。ちなみに、ドラえもんがネズミに耳をかじられて青くなったという有名な裏設定はこの人が考えたのだそう。濃い藤子ファンなら当然知ってる話だそうだ。
更に調べて見ると、やはり子供の頃に好きだった「のんきくん」の作者だということもわかった。ベーブルースに比べると、ずいぶん作画が安定している印象だ。
更に更にのむらしんぼの「コロコロ創刊伝説」にも登場していた。
更に更に更にメガドライブでゲーム化された「まじかるハットのぶっとびターボ大冒険」の原作(メディアミックス作品だったみたい)も描いていたと知った。うーん、知らんことばかりだった。
亡くなった後、伝記漫画が後輩の手によって描かれている。なかなか面白い。どこかで見た絵だと思ったら、プラコン大作のたかや健二だった。
超有名なこち亀の喫煙批判シーン。実はあの続きがあった一本気蛮の「キャンパス日記」 [心に残る1コマ]
こち亀でよく引用される喫煙批判のシーン。
実はあれにはあまり知られていない続きがあった。
こち亀の原作をやったこともある一本気蛮。
元祖コスプレ女王としても知られる漫画家だが、ファンロードという雑誌に連載していたエッセイ漫画にて、あの漫画を描いたことによる秋本治への影響を描いていた。
飲みの席などは、秋元氏が席を外すと喫煙者が一斉にプカプカし出す。
秋元氏は周囲に必要以上に気を使わせてしまってると察し、非常に気まずい日々を送っていたそうだ。
ちなみに一本気蛮の漫画は子供の頃から肌に合わなかった。こち亀の原作回も「分かってないなあ」という印象だったし。が、この一編だけは妙に印象に残っていた。キャンパス日記はKindleで単行本が購入できるが、このこち亀に対するアンサー漫画も収録されているかどうかは買ってないのでわからない。
実はあれにはあまり知られていない続きがあった。
こち亀の原作をやったこともある一本気蛮。
元祖コスプレ女王としても知られる漫画家だが、ファンロードという雑誌に連載していたエッセイ漫画にて、あの漫画を描いたことによる秋本治への影響を描いていた。
飲みの席などは、秋元氏が席を外すと喫煙者が一斉にプカプカし出す。
秋元氏は周囲に必要以上に気を使わせてしまってると察し、非常に気まずい日々を送っていたそうだ。
ちなみに一本気蛮の漫画は子供の頃から肌に合わなかった。こち亀の原作回も「分かってないなあ」という印象だったし。が、この一編だけは妙に印象に残っていた。キャンパス日記はKindleで単行本が購入できるが、このこち亀に対するアンサー漫画も収録されているかどうかは買ってないのでわからない。